な小説だったのかな

ある日突然、婚約者の里美を事故で失った漫画家の陣内龍二は、
衝撃のあまり、連載中の漫画のヒロインを作中で殺してしまう。
ファンレターは罵倒の嵐。だがそのなかに、里美の死を予知する
手紙があった。送り主の神崎美佐とは何者か。
本当に死を予知する能力があるのか。
失われた恋人への狂おしい想いの果てに、陣内が辿り着く
予測不能の真実!最後の1ページであなたは何を想いますか。

《読み終えて》
読み始めは…
なんだかわかんなくって
漫画の主人公やら内容やらが出てくるから
あれ?
これってオタク系の人が好きな小説だったのかな?
って思ったんだ
表紙もアニメ的なイラストだし。

で…なんか読みにくくで
文学なんだかエロなんだか
それとも同人誌マニアの本なのか?って思って
とにかくわけわかんない状態なので
全ページの3割くらいまで読んでたら
なんだか…読む気も失せて
ああ…この本は失敗だったなぁって思いはじめてた。

あるとは思うんだ

先日病院へ行く時バスの中で
スマホのYahooニュースだったか見ていたら
ミキティ(藤本美貴ちゃん)の家庭の男子トイレ(シッコ)問題が
あれこれ書かれてて興味深かった!
要は男性は立ってシッコするからsylfirm
便器に飛び散って汚してしまうと。

僕はこの男のシッコを〝虎のシッコ〟…と呼んでる。
動物の虎のシッコは無指向性だから定まらずに彼方此方に
暴れたホースの水のように飛び散らかしてしまうんだ。
だから…動物園の虎の檻とかには
〝虎のシッコにご注意ください〟って書いてある筈。

そもそも一般的に都会の家のトイレって
洋式で男女兼用ってところに問題があるとは思うんだ。
田舎の家とかはちゃんと男女分かれてるからね。
かといって都会の住居では限定された土地問題から余雄がないというか妊娠紋修復
男女分けるのは無駄…みたいなところもあるからね。

ミキティの話に戻るけど
旦那さんの庄司智春に「座ってして!」って言ったら
「無理!」って拒否られて
「じゃあ汚したら拭いてっ!」って言ったらしいけど
「めんどくさい」とか言われたらしい。
庄司さんの気持ちもわからないでもない。

女性は生まれてから体の構造上前も後ろも座ってするけど
男は生まれてからずっと前は立って
後は座ってという感じに習慣になってるというか
DNAに刷り込まれてる感があるからね。
そう言えば……
ミキティの話にリンクしてずっと前に
フジテレビの『早く起きた朝は…』という番組内で
MCの松居直美さんが同じトイレ問題を話してたことを思い出したんだ暖宮

お互いのためなので

うららかな快晴、日曜日。
暑いからさっきまで着ていたフリースを脱いで、洗濯機の上に掛けていた。
まだ洗濯する気はない。
仮置きしていただけ醫學美容
すると、しばらくしてふと見ると、夫が自分が昨日履いて脱いだ靴下を、わたしの仮置きフリースの上に置いていた。
ぎゃ。
女子中学生が、父親の使っている歯ブラシを何かの手違いで使ってしまい、泣き出したという思春期女子の心境。

何すんねん。
なんで、そんな汚い靴下を、わたしの仮置きフリースの上に置く!?
悲惨な泣きたい心境になり、フリースを持ち、手で埃(一日中、履いた靴下の邪気)を払ったが、気は紛ない。
これは、本人に言うべきか?
一生、グジュグジュ胸に抱えて暮らすべきか。
悩んだ挙句、本人に告げることにした。
わたしが不愉快に思っている行為はどんな行為か知らない、意識がないなら、改善したほうが、お互いのためなので腋下脫毛方法

わたし「靴下、わたしのフリースの上に置いてたけど?」
夫「洗濯機の中に入れた」
わたし「入ってなくて、わたしの仮置きフリースの上に置かれてたよ」
夫「入れた」
私「入ってなかった」
夫「服が邪魔になって放り込んだのに、中にまで到達出来なかったんやな」
私「放り込まれてなかったthermage 邊間好。きっちり、揃えて服の上に置かれていたよ」
夫「・・・・・(無言)(・・・洗濯機の上に、服を置くのが悪い。オレは悪くない)」
わたし「・・・・・(無言)(・・・アナタは自分がしたことを検証せず、あくまでも、わたしのせいにする)」

表向きはケンカにならないが、内向型紛争、もっとタチが悪い。
積もり積もって現状のまま、改善改革は、不可能。
変化があるとすると、次の人生ステップを迎えた時。
均衡が乱れる時。

パラパラ読んでいた

まあそれはそれとして。
孫守りも卒業した姑は、孫たちの成長に感化され、自分の老後の趣味として、英語の公文学習テキストと百人一首の本が欲しいと言った。
それで、わたしが用意して手渡したthermage 邊間好
それ以来ずっと姑の家のダイニングキッチンルームに置かれていた。
しっかり読んで勉強したのかどうかは、さておき。

我が家では、まんが歴史の本も、世界史、日本史と、子供たちのために全巻揃えたが、今、わたしが楽しみながら読んでいる。
娘も、まんが歴史本を家に取り揃えているようだが、我が家に来ても、先日、(自分が子供の頃の)うちに置いている歴史本をパラパラ読んでいた。
子供用も大人が楽しめて結構なことだexosome 外泌體
書かれている歴史内容は、多少は変わっている所もあるようだが。

ついでに、娘は世界の歴史をモチーフにしたカードゲームを2パターン、買っている。
子供たちは、どんどん覚えるが、ばあちゃん(わたし)は見るも無惨。
まず、絵や文字が小さくて読めない。
年号順が覚えられない。
予想通り。

と、それはいいとして。

孫が百人一首を詠む声を聴くと、、、
京の都、お公家様のお遊びのように、雅な歌に胸がキュンとなるかたわらで、、、
姑→わたし→娘→孫
4代にわたり、時空を巡っているなあと感じるわけであるmedilase 脫毛

家に眠っていることだろう

仮にバスで行ったとすると、往復200円。
しかし、歩いて行ったので、バス代を支出したつもりで計算すると、差し引き15円の持ち出し。
金銭的には、マイナス15円。
だが、フードロスになるのは最大の避けたいところ。
4箱もあれば、フードロスになる可能性がある。
それよりも、何よりも、甘口の4箱目は、お気に入り商品ハ◯ス・バー◯ンドカレーではない通渠收費
辛口ならお気に入り商品だったジャ◯カレー。

ごちゃごちゃ、ぐちぐち、うじうじ、しくしく。
金銭、金額の問題ではない。
また、新しく同じ商品、ジャ◯カレーの辛口を買わなければならないし。
いっそ、フードロス・絶対回避精神を今回に限り、特別処置で無罪放免にする?
黒歴史を抱えたくない。
なかったことにする?
いつまでも、いつまでも、この甘口カレー(S&◯・ジャ◯カレー)は、家に眠っていることだろう。
それを見る度に、胸が痛い、黒い思いをするに違いない。
なら、いっそ捨てたら?
それはできない。
なら、交換してきたら?
うーん、、、、
め、ん、ど、く、さ、い。

捨てて、記憶からも抹消すれば??
オール、リセット。
いずれ、リセットしたのか、してないのかも忘れそう。

自分の過ち、うっかりミスのせいで、自業自得スパイラルに陥っている。
お金の問題ではないところが、実に厄介だ。

いや、しかし商品が2万円なら、迅速に動くだろう。

雨もしっかり降り、ますます、スーパーに交換に行く気がなくなっている。

孫たちが好きなカレーは、平日にしか作らない。
この1年は、夕食は、頻繁にカレーが続くことは、間違いない扭蛋機出租
孫たちが大好きな甘口、バー◯ンドカレーの中で、醜いアヒルの子である、S&◯ジャ◯カレー甘口(バー◯ンドカレーではないカレー)。
その箱を見るにつけ、意地悪な継母の心境になりそう。

今日の記事は、無駄に長い、変な愚痴。
誰も聞かない聞きたくない、ChatGPTですら、、、話したくないような、しょうもないこだわりのネタでした。
捨てても、捨てなくても、記憶に残りそうな、S&◯ジャ◯カレー甘口。
交換すれば、晴れてクリーンにクリア、爽やかに上書きされるんだけど、、、。

そこで気づいたこと。
わたしは、書くことが、考えをまとめる、気を紛らわせることのようだ。
今更の話ではないけれど。
で、どうするTHE university rankings? カレー・ルー。

った時のような気持

さて。
一つ、思ったことがある。
9日間の引きこもり生活、ある意味、禅の世界に通じているかも知れない。
何も感じない無の世界。
音も温度も風も質感もない。
だが、虚無感はなく、何も考えないけれど、ほんわか楽しい、わたしが幼児だった時のような気持ち。
包み込まれた閉ざされた安全安心の世界。
苦痛がない。考えもない。方向性もない地渠
究極の幸せなんじゃなかろうか、、、。

かと言って、引きこもり生活が終わったわけではない。
と言いつつ、ちょっと引きこもりを小休止。
休むのを休む。
また動き出している。
とは言え、やっていることは同じ。
冷蔵庫の中をとりあえず空にして、また買い物に行くようなかんじか。
今度はギュウギュウにならないよう、必要なものだけを買う。
断捨離と同じ理屈か。

とは言え、わたしは絶対に冷蔵庫は、空っぽにはしない。
バターやジャム、香辛料、ソース、ジュース、日持ちするものなどは保存。
断捨離で言うと、モノは捨てても日用品は確保する、というようなもの服務式住宅
まあそれは、どうでもいい。またまた脱線。

ところで。
いつも訪れる映像プロ氏のブログ。
ブロガーさんは、今、東京出張をされているようだ。
のどかな地方も最先端都市も、両極端を行ったり来たり。
活力、刺激になるのはもちろんだが、伝える側の立場として、どう料理されるか、期待している。
それにしても、アクティブだ。
とても真似出来ないが、ヒントが詰まっている。
わたしは、彼の多くのファンの中の1人であるが、まるで、知り合いのような心情で応援している。

ちなみに、フランスの舎弟は良い爺道、まっしぐらのようだ。
これからは、孫の年齢、成長が、時が推移し経過していく時間の目印になるだろう工料測量

モノに対してはま

わたしがブログを書くのは、何故か。
かつては、ウップンや憤(いきどお)り、怒り、疑問、不満、自慢、自分の発露だったが、今は、幸せな、のほほん、おばあちゃん。
楽しく毎日を過ごしている。

つい最近、ウォーキング不参加案件を通して、それをキッカケに、わたしのスタンスが変わった。
残された健康寿命を積極的に使おうという、意気込み、前のめりの鼻息の荒さ。
残された限られた時間を能動的に選んで使おうというもの電機工程
林住期を思いっきりワガママに過ごすため、嫌なことや、乗る気がしないこと、興味がないことには、参加しない。
好きなことだけする。
もちろん、すべきことは、しなければならないが。

実はこれは、かつての友人がそういうスタンスだった。
今は疎遠だが、べつに喧嘩別れしたわけではない。
たまたま、そういう時期、流れだった。 
その後、お互い、変化するのは止められない。

不思議なことに、全く同じスタンスの人がいた。
人生の林住期の過ごし方、信念が全く同じ。
ひょっとして、2人とも、五木寛之に影響を受けたのかも。
信念を行動に移して実践しておられるScholarships in hong kong
なので、近くにいたわたしも影響を受けた。

たまたま同じような人が近くにいた、、、のか、あるいは、類は友を呼ぶのか。
遠くに点在していたものが、目に見えない力で集まってきたのか。

仏教的思考がベースにあり、それは、わたしも同じ。
「無常」という考えだ。
わたしは、何ごとにも執着しないことを目指すが、まだまだ無理。
人間に対しては割と修行を積み、トレーニングしてきているが、モノに対してはまったく落第生。
解脱は程遠い。
まあ、まだ健康で動けるので、どうにでもなるだろうと、いたって楽観的だ。

ちなみに。
認知症予防には、キビキビ動いたりするのが苦手、メンドくさがりのわたしに、ぴったりの方法を編み出した。
ウォーキング(徒歩)で映画館まで往復し、字幕入り映画を観る。
語学の学習、感受性、思考力養成、芸術性アップ、娯楽性あり。
帰りに食材を買って帰って、家事も同時に完了scientific research